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唯「雪の降る町で」

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2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 18:49:31.33 ID:uVzpFuoaO

窓の外を、闇が後ろへ飛んでゆく。

闇と海の区別すらつかない、夜の車窓。

唯と紬を乗せた電車は、海辺の線路を疾走していた。

雪混じりの風が、緑のラインが走る車体を痛めつける。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 18:59:25.98 ID:uVzpFuoaO

オレンジ色の明かりが灯る車内。

紬はぼんやりと、窓の外に広がる闇を見つめていた。

きっと今窓を開けたら、闇は針のような冷たい風と一緒に容赦なく車内に侵入してくるだろう。

そうしたら、向かいの座席で眠っている唯が起きてしまう。

彼女はこの座席に座ってすぐに眠ってしまった。無理もない。ずいぶん長い旅だったのだ。



6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:06:17.29 ID:uVzpFuoaO

車内に、車掌の暖かみを欠いた声が響いた。

「まもなく終点です。どなた様もお忘れ物のないようお支度下さい。まもなく……」

紬は唯を揺すぶる。

「唯ちゃん、着くわよ。唯ちゃん、起きて」

「……んむぅ……」

もぞもぞと身を揺すってから、唯は瞼をこじ開けた。……と思ったら、すぐに閉じてしまう。

「……カポエラ……」

「唯ちゃん、唯ちゃん。二度寝はダメよ、もうすぐ終点よ」


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:15:03.78 ID:uVzpFuoaO

電車はゆっくりと、だが確実に速度を落としている。

窓の外に、町の灯りが見えた。オレンジ色の灯りは降り続ける雪を照らし出す。見るからに寒々しい光景だった。

紬はなおも唯を揺する。唯はようやく目を覚ました。ハムスター顔負けの大あくびをして、体をめいっぱい伸ばす。

「……ムギちゃん、おはよう」

「おはよう」


8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:20:45.60 ID:uVzpFuoaO

がたんと大きな音をたてて、電車が完全に止まる。

小さな駅だった。そして何もかもが錆び付いていた。駅名が書かれた青いプレートも、その下のビール会社の小さな広告も。

海から吹いてくる風が、時間をかけてそうさせたのだ。

ボストンタイプの旅行鞄を肩にかけ、二人は電車を降りる。

プラットホームに一歩踏み出した瞬間、唯の足が思い切り滑った。


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:30:31.18 ID:uVzpFuoaO

凍りつくような焦りが唯の頭から全身に広がり、血管を駆け巡る。

彼女は腕を大きく振り回し、必死にバランスを保とうとする。だが非情にも、彼女の体は大きく傾き……。

止まった。

唯は紬のコートの胸元に顔をうずめ、まだショックで痺れている体をなだめる。

力強い、だが優しい腕が唯をしっかりと抱き止めてくれていた。

「……ありがと、ムギちゃん」

「いえいえ。ホームが凍ってるかもしれないって、言っておくべきだったわね」


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:35:49.76 ID:uVzpFuoaO

「私、またムギちゃんに助けられちゃったね」

「気にしないの。唯ちゃんのためならどうってことないわ」

唯の心臓はまだ暴れていた。紬がとっさに抱き止めてくれていなかったら、どうなっていたことか。

「今日こそは、絶対に今までのお礼をするんだからね」

「はいはい、期待しておくわ」

紬が苦笑いする。


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 19:47:50.71 ID:uVzpFuoaO

「……私、生まれ変わってもこの電車にはなりたくないなあ」

唯が言う。

「どうして?」

「こんなに寒くて、コチコチに凍ってるところで一生をおくるの嫌だもん」

一仕事終えた電車は、何も言わずにヘッドライトで闇を照らしていた。

この駅の先にも、線路は続いている。けれども電車が先に進むことはない。

そこは闇と沈黙の支配する世界なのだ。


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 20:56:00.18 ID:Qx3GL1H80

支援
ムギは灰色な風景がよく似合う
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 21:09:37.83 ID:uVzpFuoaO

ホームには二人の他、誰もいない。わずかに積もった雪にも、足跡は残っていなかった。

「寒いね、早く行こうよ」

「ええ、早くしないとお店も閉まっちゃうわ」

自動改札を抜ける。切符が凍った虚無に吸い込まれていった。

駅員室には、人の姿はない。

「澪ちゃんとりっちゃんは?」

「二人とも宿で待ってるわ」


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 21:25:29.01 ID:uVzpFuoaO

駅舎を抜けると、くすんだオレンジ色の灯りが出迎えてくれた。電車の窓から見えたあの灯りだ。

逆三角形のガス灯。雪を照らすスポットライト。

「誰もいないね」

「ええ、おまけに車一台走ってないわね。これじゃあタクシーは期待できないわね」


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 21:37:41.08 ID:uVzpFuoaO

雪に足を踏み入れると、かすかな抵抗が足に伝わる。新雪を踏む柔らかな音が耳を撫でた。

二人は、雪道の真っ白なキャンバスに足跡のアートを刻んでゆく。

「唯ちゃん知ってる?この町は夏になるとハマナスのメッカと呼ばれるの」

「ハマナス?」

「紫色の花が咲く、海辺の植物。赤くて可愛い実がなるの」

「へえー、見てみたいなぁ。夏にくればよかったね」

「夏に来たら、もう卒業旅行じゃないわよ」

紬がまた苦笑いする。三月の大きな雪片が、彼女の笑顔をくすぐる。


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 21:46:35.25 ID:uVzpFuoaO

「すごい雪だね。前がよく見えないよ」

「私の腕につかまっていれば、大丈夫」

二人の言葉が白く漂い、宙に飲まれてゆく。

唯は紬の腕が、微かに震えていることに気づいた。

「ムギちゃんムギちゃん」

「なあに?」

「あったかあったか」

唯の手が、紬の凍えた手を優しく捕らえる。

「ありがとう。唯ちゃんはあったかいわね」

「ムギちゃんだって、十分あったかいよ」


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:04:55.63 ID:uVzpFuoaO

大きな通りを抜けると、赤レンガの倉庫が立ち並ぶ運河に出た。

倉庫の屋根で、たくさんのカモメが羽を休めている。鋭い目つきの、くすんだ白の鳥たち。

「唯ちゃん」

「んー?」

「あそこの二羽のカモメ、なんだか私たちみたいじゃない?」

「ありゃ、ほんとだ」

二羽のカモメは、群れから少し離れたところで寄り添っていた。

「澪ちゃんカモメとりっちゃんカモメも探しましょう」

「あずにゃんカモメはどれかな。あのきつい目つきのかな」

二人は声を上げて笑う。わけもなくおかしかった。


29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:11:55.17 ID:uVzpFuoaO

「……あずにゃん、今年から一人なんだよね」

「……うん」

「大丈夫かな。寂しくないかな」

「憂ちゃんもいるし、きっと大丈夫よ」

数週間前、別れを告げた母校のことを思う。途端に二人の胸がきゅっと締めつけられた。

……白い校舎。ワックスのにおい漂う教室。放課後をすごした音楽室……。

「……行こうか」

「……そだね」

二人の足跡は、すでに降り続ける雪に飲まれかけていた。


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:27:25.02 ID:uVzpFuoaO

遠くから鐘の音が聴こえた。町の歴史と威厳がこめられた音。

鐘は正確に時を六つ刻む。

二人は小さな通りを足早に進む。体温が足先から少しずつ、だが確実に奪われてゆくのがわかった。

通りには様々な店があった。ガラス細工の店、オルゴールの店、アロマキャンドルの店。

どの店先にも、色とりどりの暖かな光が灯っている。

だが、人の姿は見えない。足跡もまったく見当たらない。

やがて紬は、一件の小さなガラス細工の店の前で立ち止まる。

「ここよ唯ちゃん。ここにあなたを連れてきたかったの」


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:41:22.04 ID:uVzpFuoaO

それは小さな古い店だった。入口に吊された提灯は破れていたし、店先のベンチは雪が積もって使い物にならない。

それでも、唯はこの店を素敵だと思った。すぐに好感を持てた。

都会のどんな店にも、ここまで純粋な好感を持ったことはない。

「見ての通り、小さなお店だけど……気に入ってもらえたかしら」

紬が少し心配そうに言った。唯はにっこりと笑って言う。

「私はすっごくいいと思うよ。ムギちゃん、連れてきてくれてありがとう」


36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:51:08.50 ID:uVzpFuoaO

紬も安堵の笑みを浮かべる。

「そう言ってもらえると、嬉しいわぁ。来てよかった」

「早く入ろう。わくわくしてきたよ」

唯は重厚な木の戸をゆっくりと開ける。熊よけ用とおぼしき鈴が鳴った。

瞬間、暖かで優しい時が二人を包み込んだ。


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 22:56:41.71 ID:XQB2PZU10

支援!
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /28(火) 23:02:22.67 ID:uVzpFuoaO

本物の暖炉で踊る火。

オルゴールのBGM。

きゃしゃな軋む木の床。

そして、ランプの灯に輝くたくさんのガラス細工。

そこはすべてに満ち足りた場所だった。そこではすべての欲は何の意味もなさないのだ。

唯は自分という存在を、ひどくちっぽけに感じた。


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 00:05:07.25 ID:uVzpFuoaO
「いらっしゃいませ」

小さな澄んだ声が聞こえた。

カウンターに、一人の少女が立っていた。歳は唯とそう変わらないだろう。

制服と思われるブルーのエプロン。すっきりしたショートカット。赤い縁の眼鏡。

唯の全身を、電気ショックのような衝撃が走る。

「の……の……和ちゃん?」

「はい?」

少女は少し困ったような笑みを浮かべる。

「あのー、唯ちゃん。そろそろ入れてくれないかしら」

紬が入口で震えていた。唯はまだ戸口につっ立っていた。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 00:15:38.32 ID:0ow5n2qnO

紬が唯の手を引き、ガラス細工の解説をしてくれる。

「これはトンボ玉。もっともポピュラーなお土産ね。こっちはブローチね。それは……」

唯はほとんど聞いていなかった。

見れば見るほど、カウンターの少女は和に似ていた。

唯はふと、少女の私生活を想像してみる。だがまるでうまくいかなかった。

もしかしたら、あの女の子もガラスで作られたのかもしれない。そんな突飛な考えまで浮かぶ。

「……唯ちゃん、見て。このギターのガラス、唯ちゃんのギー太にそっくり」


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 00:27:18.86 ID:0ow5n2qnO

紬が指したのは、小さなギターの形をしたガラス細工だった。

「……本当た。ギー太にそっくり。どうやって色をつけたのかな」

「気に入ってくれたかしら」

唯は心からうなずく。

「じゃあ、唯ちゃんへのプレゼントはこれで決まりね」

「え?……わ、悪いよムギちゃん!私、こんな高いもの、受け取れないよ!」

紬は思わず吹き出してしまう。


49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 00:35:39.05 ID:0ow5n2qnO

「な、何がおかしいの?」

「……ごめんなさい。唯ちゃんの口から、そんな遠慮の言葉が出るなんて思わなかったから」

「……ぷぅ。ムギちゃんさりげにひどくない?」

「今の唯ちゃん、変よ。ここに来てから何となく変よ?」

おかしそうに笑う紬と、膨れる唯。少女はそんな二人を微笑みながら見守る。

「これは私の唯ちゃんへの気持ちなの。受け取ってくれないかしら。それとも、違うものがいいかしら?」

唯は首を振る。

「じゃあ、決まりね。お会計を済ませてくるわ」


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 08:23:52.73 ID:0ow5n2qnO

店にいる間に、雪は積もるスピードを速めたようだ。二人が歩いてきた跡は、もはやまったく見当たらない。

哀れなベンチの前。二人は再び雪が降りしきる小路にいた。

もし唯が店をもっとよく観察していたなら、時計の針が止まっていることに気づいただろう。

いずれにせよ、彼女は戻ってきたのだ。住み慣れた時の流れの中に。

「今の店員さん、和ちゃんに似ていたね」

唯は大きな声で言う。そうしないと、雪に阻まれて声が届かない気がしたから。

「そう?私は知り合いの親しいおば様を思い出したわ」

「ムギちゃんのおばさんも、赤い眼鏡をかけてるの?」

「いいえ」


62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 08:30:03.49 ID:0ow5n2qnO

「えぇー?だって、絶対に眼鏡をかけてたよ」

「ああ、唯ちゃんは知らないのね。このお店で働く女の人は、見る人によって姿が異なるの。
だから唯ちゃんには和ちゃんに見えたし、私には知り合いの方に見えたの」

紬がいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。冗談なのか本気なのか、唯には判断ができなかった。

「さあ、そろそろ宿に行きましょう」

「まだだよ」


63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 08:46:09.94 ID:0ow5n2qnO

「え?」

「いったよね?私、絶対に絶対に今までのお礼するって。
ムギちゃんは、私のためにギー太2号を見つけてくれた。だから今度は私がムギちゃんにお返しをするよ!」

いつの間にか、ガラス細工に名前がつけられていた。

「さあ行くよ、絶対にムギちゃんが気に入るものを見つけてみせるから!」

「あらあらあら」

唯は親友の手を握って駆け出す。雪に阻まれて、思うように進まなかったが。

紬は最後に一度だけ、店を振り返った。灯がすでに消えていた。


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 09:03:06.31 ID:0ow5n2qnO

そして二人は、小さな通りを駆け回る。

真っ赤に溶けた加工前のガラス。凍てつく心も溶かしてしまう、オルゴールの音色。独特の妖気を漂わせるアロマキャンドル。

唯はそれらをじっくりと見て回り、そして首を横に振る。

昔から、一つのことに集中すると止まらなくなるのだ。

店に他の客の姿はない。店員の姿すらなかった。


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 09:12:05.69 ID:0ow5n2qnO

通りには、灯が消えている店も多い。それが眠っているだけなのか、それともすでに死んでしまった店なのかは紬にもわからない。

やがて二人は、大きな洋館のような店の前に止まる。

「次はここだね」

しっかりと石段を踏みしめ、唯は重い樫の木の扉を開ける。


68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 10:36:04.97 ID:0ow5n2qnO

高い天井から吊り下がったランプが、暗い黄色の光で下界を照らしている。……ネジを巻かれるのを待っている、無数のオルゴールたちを。

大小さまざまなオルゴールが、ランプの薄明かりにきらめいていた。唯はこれほどの数のオルゴールが一所に集まっているのを見たことがない。


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 10:50:01.47 ID:0ow5n2qnO

そこは遺跡なのだ。何十、何百ものオルゴールが眠る遺跡。

紬も目の前の光景に圧倒されていた。

「ムギちゃん、ここに来るのは初めてなの?」

「ええ。……今だから言うけど、こんなお店を見たのも初めてよ。以前ここには、何もなかったの」

二人の言葉が洋館に響き渡る。それはひどく場違いに聞こえた。

唯がそろそろと近くの木製のオルゴールに手を伸ばした時だった。

「おや、お客さまですかな」

乾いた声がした。


71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 11:02:38.53 ID:0ow5n2qnO

唯の頭の中いっぱいに、氷のようなショックが広がる。紬も相当驚いたらしい。両手で口元をぎゅっと押さえている。

いつの間に現れたのか、目の前に年老いた男が立っていた。

男は琥珀色のアーモンドのような目の持ち主だった。両の頬から髭がピンと飛び出している。

着ている衣服はどれも清潔だったが、どこか埃っぽい印象を与える。群青色の燕尾服も、真っ黒なシルクハットも。

「どうやら私は、また閉店の看板をかけるのを忘れたようですな」

「ど、ど、どうも失礼しました。黙って上がって、申し訳ありませんでした!」

男は髭を震わせて笑う。

「いえいえ、こちらの落ち度です。どうぞごゆっくり、私の孫たちを見ていってください」

男の声は乾いていたが、限りなく暖かかった。


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 11:15:42.95 ID:0ow5n2qnO

「孫、とおっしゃいましたか?」

紬が言う。

「ええ、ここにあるオルゴールは皆、私の孫なのです。歌うことで人々の心を安らげることが、彼らの大切なお仕事なのです」

「歌でみんなを癒やすのがお仕事、かぁ……。なんだか私みたいだね!」

唯は早くも老人に慣れていた。

「ですが皆、自分からは歌おうとしないのです。誰かの助けがないと歌えない怠け者ぞろいで。困ったものです」

「本当、唯ちゃんみたい」

紬の脳裏に、梓や澪に叱られながら練習していた唯の姿が浮かぶ。

「ぶー!」

唯がふくれっ面をする。紬と老人が笑う。


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 11:23:12.22 ID:0ow5n2qnO

「申し遅れましたが、私はここの館長です。どうぞおじいちゃんとお呼びください」

そして老人は、カウンターに歩いていった。古い木でできた床にも関わらず、足音はいっさい立たない。

「……おじいちゃんの帽子の下に、何があると思う?」

唯が質問する。

「ネコミミかしら」

「やっぱり?」


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 11:33:56.39 ID:0ow5n2qnO

「……さて、ムギちゃんへのプレゼントを探さなくちゃ!」

唯が改めて意気込む。

「というわけで、ムギちゃんはついてきちゃダメだよ!」

「えー……唯ちゃん、ひどいわ」

「トップシークレットなのです!」

そして唯は、オルゴールが所狭しと並べられた棚と棚の間に消えていった。



玄関に取り残された紬は、何気なく携帯電話を開ける。……圏外になっているばかりか、時計が止まっている。

腕時計を見る。……動いていない。針は眠っていた。


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 11:50:35.62 ID:0ow5n2qnO

雪は静かに降り続ける。

紬はふと、四歳の頃の雪の日を思い出す。

すごい雪だった。もちろん、この北国の雪と比べたら、ささやかなものだが。

雪片が舞う空。それが幼い紬の雪の日の記憶だった。積もった雪には、まるで興味がなかった。

雪を見ながら、幼い紬は時について考えた。

今までいくつの「昨日」があっただろう。大人になるまで何回「明日」を向かえるんだろう……。

時は過ぎる。彼女はもう四歳の子供でも、高校生でもない。

だが実感はまるでわかない。感覚だけが置き去りにされる。いつもそうなのだ……。

「ムギちゃん、見つけた!早く来て!ムギちゃーん!」


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:01:11.85 ID:0ow5n2qnO

カウンターに行くと、唯が誇らしげに一つのオルゴールを差し出す。

大きなゼンマイがついた、木製のオルゴール。

「聴いてみて!」

紬は黙ってゼンマイを回す。キリキリと優しい音が耳をくすぐった。

優しく切ないメロディが、洋館を満たす。

「これ……『翼をください』?」

「そう!ムギちゃん覚えてるかな、私が入部した日の演奏!」


79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:06:38.49 ID:0ow5n2qnO

紬は思い出した。

あの日。唯との最初の出会いの日。

入部を辞退しかけていた唯のために、澪や律といっしょに弾いた曲。

拙い演奏だったが、唯は夢中になって聴いてくれた。

放課後の音楽室。

大好きな仲間たちの笑顔。

二度と戻ってはこない時間……。


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:17:23.21 ID:0ow5n2qnO

気がついたら、大粒の涙が溢れていた。肩を小さく震わせ、紬は静かに泣く。

「ムギちゃん……?」

唯が心配そうに顔を覗き込む。

「ごめんね、余計なことしちゃったかな……」

「……ううん、嬉しい。すごく嬉しい。唯ちゃん、ありがとう」

そして紬は、最愛の人を強く抱きしめる。

「唯ちゃん、大好き。本当に本当に大好き」

「……私もムギちゃんのこと、大好きだよ」


81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:22:50.60 ID:m60t18PC0

しえん
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:30:14.16 ID:0ow5n2qnO

老人がオルゴールを包装してくれた。水玉模様の包み紙と、赤いリボン。

「どうか私の孫を、こき使ってやってください」

別れ際に老人はそう言った。唯は彼を強く抱きしめる。

「おじいちゃん、ありがとう!また来てもいい?」

「いつでもいらして下さい。そちらのお嬢さんもね」

「どうもありがとう~」



重い樫の扉を開け、二人は雪道に降り立つ。いつの間にか、雪はやんでいた。

背後で扉が静かに閉まる。そして雪だけが残った。


83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:37:23.19 ID:0ow5n2qnO

紬は腕時計を見る。針はすでに目覚めていた。カチコチと、健康そうな時の音を刻む。

突然、唯の携帯電話が大きな声で鳴り始める。唯はバッグを取り落としそうになった。

暴れる心臓をなだめながら、携帯電話を耳に当てる。

「もしもし?」

『いつまで待たせんだよ、お前らは!』

律の声がスピーカーから響く。彼女の声を、何年ぶりかに聞いた気がした。

『そんな寒いところにつっ立ってないで、早く来いよ!温泉とあったかいご飯が待ってるぜーっ!』

「わーったよ、すぐ行くよ~」


84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:49:27.14 ID:0ow5n2qnO

「りっちゃんから?」

「そう。早く宿に来いってさ」

「澪ちゃんはどうしてるかしら?」

「待ちくたびれて寝ちゃったって。まだまだ子供だねぇ~」

二人はクスクスと笑う。

「さあ、また怒られないうちに行きましょう」

「そだね~」

「……唯ちゃん」

「んー?」

紬は唯の手をぎゅっと握りしめる。

「……あったかあったか」

「……そだね。あったかあったか!」


85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 12:50:39.56 ID:0ow5n2qnO

二人は手を握りあい、雪道を歩く。

足跡は再び降り出した雪に、早くも飲まれかけていた。けれどもそれは問題ではないのだ。

いくらでも作ろう。足跡も、思い出も。



K-ON! Continues…

Fin


86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 13:06:32.25 ID:0ow5n2qnO

おしまい。
今まで書いてきたSSのムギの扱いがひどかったから、彼女をメインに書いてみました。
とんでもない黒歴史の出来上がり。慣れないことはするもんじゃないな。
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 13:10:01.36 ID:tt4stkmTO

おつ
よかったよ
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09 /29(水) 13:42:29.39 ID:hlG0ikaQO


また書いてくれな



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